第1回 松本泰様(前編)

2024年3月23日

事務局:政府の審議会等でも色々とご活躍なさった松本泰様に本日は、インタビューをさせていただきます。松本様、読者のために、自己紹介をお願いいたします。

松本様:昨年末に、セコムを定年退職しましたが、ここ25年くらいは、サイバーセキュリティ、情報プラットフォームなどを専門として活動してきました。

事務局:就職して、最初は、どのような所で働いていらしたのでしょうか。

松本様:1978年の大学卒業後、計測器の会社に入社し、マイコンを利用したハードウェアを設計しておりました。会社に入る前から、当時、出始めたマイコン(*1)が世の中を変えると思っていて、仕事を選びました。

(*1)事務局注:マイコンとは、冷蔵庫などの電気機器に組み込まれた、その電気機器を制御するための電子部品であり、小さなコンピュータ(micro computer)です。

事務局:ほう。

松本様:その会社で6年ほど働いて、ハードウェアを開発している中で、ソフトウェアの開発もやってみたいと思って、1984年に、当時、ベンチャー企業だった生活構造研究所という会社に転職しました。

事務局:それで。

松本様:転職した会社では、Unixのワークステーションを利用したソフトウェア設計、開発等の業務に従事しました。具体的には、ビデオテックス(画像通信を使った情報サービス)に関する仕事です。ハードウェアから、ソフトウェアの方に働く分野を変えたということです。

1984年は、NTT法が成立してNTTの民営化が決まった年ですし、第二電電(DDI(現KDDI))が設立された年でもあり、情報通信の世界で一斉に会社ができた時期、パラダイムシフトがあった時期でした。Unixのワークステーション(*2)が情報システムの主流になると思って、10年間くらいビデオテックスやパソコン通信など情報サービスの設計、開発にやった後に、1994年頃からは、当時、ビジネスとしては黎明期だったインターネット関係の仕事をするようになりました。

(*2)事務局注:ワークステーションとは、プロ用の高性能コンピューターをいいます。

事務局:私が大学に入ったのが、1996年でしたが、大学は全部Unixでしたね。中学時代から、MS-DOS(*3)しか使ったことがなかったので、Unixには、全然慣れませんでした。

(*3)事務局注:Unixは、教育機関においては無償のOSですが、MS-DOSは、マイクロソフト社が開発した有償のOSでした。大学のような研究機関では、Unixが主流でした。また、1980年代後半は、ダウンサイジング(コンピュータシステムや機器を小型・軽量化し、同時に性能を向上させるプロセス)が言われるようになった一番最初の時期でもありました。

事務局:ネットの黎明期の仕事は、その後のお仕事にもつながっているのでしょうか。

松本様:ビデオテックスやパソコン通信などの情報サービスでは、Unixのワークステーションをベースとして開発していたのですが、これは、その後のインターネットの仕事も同様でしたので、その後のインターネットの仕事にもかなり活かされました。

事務局:1994年まで10年働かれて、そこで転職なさったのでしょうか。

松本様:いや、転職したというのとは違います。ベンチャー企業だった生活構造研究所が立ち上げた会社が後にセコムグループ入りし、1990年に幾つかの会社が集まって「セコム情報システム(現在のセコムトラストシステムズ)」という会社になりました。

事務局:なるほど。セコム情報システムでは、どのようなことをなさったのでしょうか。

松本様:セコムが大株主で 1994年に立ち上げた「東京インターネット」(*4)というISP(Internet Service Provider)があり、この東京インターネットと関連したインターネットサービスの事業の立ち上げにおいて技術的な部分を担当しました。この頃から、商用のインターネットサービスのビジネスを行う上で欠かせないサイバーセキュリティに興味を持つようになりました。

(*4)事務局注:当時、IIJと並んで、両雄のような形で大手であったISP事業者です。

松本様:その後、1998年頃から今度は、セコムのサイバーセキュリティ事業の立ち上げなどに従事しました。

事務局:事業の立上げは、何が難しかったのでしょうか。

松本様:サイバー・セキュリティ的には黎明期で、サイバーセキュリティのビジネスがようやく成り立つようになりかけの時代でしたので産みの苦しみみたいなところはありました。不正侵入検知サービスや電子認証サービスの立ち上げで、やはり技術的な部分を担当しました。

事務局:それで。


松本様:2003年からは、2023年末まで所属していたセコム(株)IS研究所に異動になり、今度は、研究としてのサイバーセキュリティの立ち上げ、この分野の研究員の育成を図るととともに、社外での業界活動、政府など有識者委員会の委員など多く務めるようになりました。

事務局:政府からお声がかかるなんて、すごいですよね。本当に色々な会合で委員を勤められて。特に、印象に残っているものはありますか。

松本様:金融犯罪対策(AML・CFT)研究会的ネタでは、2005年の金融庁が主催した「偽造キャッシュカード問題に関するスタディグループ」は、印象に残っています。サイバーセキュリティ、特に認証システムの専門家として、委員を拝命いたしました。

事務局:このスタディグループの結果として、「預金者保護法」を作ったのでしたっけ。

松本様:そうなるかと思います。預金者保護法の制定にもつながった会合でした。委員のメンバーをみていただくと、松本が4人いるという(笑)。

(座長)岩原 紳作東京大学大学院法学政治学研究科教授
川地 宏行専修大学法学部助教授
中尾 誠(株)三井住友銀行執行役員事務統括部長
姫野 和弘警察庁生活安全局生活安全企画課都市防犯対策官
平田 淳(株)みずほ銀行事務統括部長
日和 佐信子雪印乳業(株)社外取締役
松本 貞夫明治大学法科大学院教授
松本 勉横浜国立大学大学院環境情報研究院教授
松本 恒雄一橋大学大学院法学研究科教授
松本 泰セコム(株)IS研究所主席研究員
〔出典:金融庁HP https://www.fsa.go.jp/singi/singi_fccsg/member.html

事務局:豪華なメンバーですね。

松本様:2005年当時、偽造キャッシュカード問題は、社会問題化していました。それで、預金者保護法を制定ということもあり、4ヶ月の期間で、19回とかなり頻繁に開催されました。週に2回あったときもあり、びっくりしました。

事務局:それだけ、偽造キャッシュカードによる被害が深刻であったと。確か議員立法ですよね。

松本様:はい。そうです。

事務局:松本様はどのような発表をなさったのでしょうか。

松本様:下図をご覧いただけると分かりやすいと思うのですが、磁気カード、ICカード等の分類ごとに、紛失、盗難、偽造と分けて、それぞれのケースで、金融機関が果たすべき責任、利用者が果たすべき責任などを、技術的な観点から分析し、提言をいたしました。

事務局:私が大学の授業で学んだのは、もっともその事故を防げる、コントロール可能性がある人が責任を負担すべきということでした。「法と経済学的」な考え方に近いのでしょうか。

松本様:そうですね。現行法の民法478条などの解釈問題からもともとは始まったのですが、それでは解決しきれないということで、立法になったものと認識しております。民法の立法当初は想定されていなかった問題なので、立法が必要となったということかと思います。

特に、銀行の場合は、キャッシュカードの発行銀行と、預金を実際に払い出すATMの銀行が必ずしも同一でないという問題もあって、議論が錯綜していました。このこんがらがった議論を整理して、責任分担のあるべき姿を提言するのが本当に大変でした。

事務局:委員として参加したことにより何か得られたことはありましたか?

松本様: 社会問題化する金融犯罪は、ダークマーケット、ダークなエコシステムを介在して、より大きな社会問題となっているということがよく分かりました。

例えば、スキマー(skimmer)(*5)という機器を製造する人がいて、それを買う人がおり、そこに、磁気ストライプ情報を100個くらい不正に入手して当該機器に記録すると、それがスキマーの機器よりも高い価格で売れる。それを買った別の人が偽造カードを作って、出し子がそのカードを使って不正に引き出しをしてというような形で、犯罪のエコシステムができていました。分業化しているので個々の人(犯罪者)は、アルバイト感覚で罪の意識は低いのが、こうしたエコシステムを形成する要因になったかと思います。

(*5) 事務局注:スキマーとは、磁気ストライプカードのデータを読み取るための機器をいいます。スキミングをするのに使われるということで、スキマーと呼ばれているようです。

結局、偽造キャッシュカード問題は、容易にクローンが作成可能な磁気ストライプカードが、キャッシュカードとして利用されていることに由来しています。これは、技術を理解している関係者の間では、偽造キャッシュカード問題よりもずっと以前からよく知られていたと考えられます。ですので、社会問題化するずっと以前から、目立たない形で、犯罪が行われていたかもしれないし、この犯罪手法は、それほど難しい手法でもありませんでした。

社会問題化したのは、ダークなエコシステムができたためであると思います。こうしたことは、現在のサイバー犯罪でもよく見受けられます。

また、スタディグループでは、異なる分野の専門家と意見を交わすことで、俯瞰的にこの問題をとらえることの重要性を学びました。

後編へ続く

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